碧落の砂時計 ブログ小説(※最初から読む場合は「目次」から)

碧落の砂時計

オリジナル恋愛小説の作品紹介+更新情報+お話置き場。

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「……それにしても――、」
 そこで再び笑顔を消すと、恒峨はため息混じりに呟いた。

「「殴られ損、だったな」」

 竹流はそう言うと同情するように、溜め息をついた。もっともあのプライドの高い月の使者のことだ、そんな風に彼に思われていると知ったらもっと傷つくだろうが。
「何が?」
「なんでもねえよ。何だかんだ言って、悪人じゃなかったな、アイツは」
「恒峨さんのこと……?」
 聞き返した香具弥はその言葉に同意して、こっくりと頷いた。

 ――仕事第一みたいな人なのに、最後は私の気持ちを優先してくれた。何だかんだ言っても、私の故郷の人で優しかった。そして私の「本心」に気付かせてくれた――。
 香具弥がそう思い、感慨に耽っていると、
「何? 月に戻ればよかったとか、思ってんの?」
意地の悪い笑みを浮かべて、竹流がそんなことを口にする。
「思ってないよ!」
「ホントは奴が五人目の求婚者だったら――とかさ」
「今更何言ってんの!? タケちゃんの、ばかっ!」
 気が付けば、香具弥は先程から竹流の膝の上に座ったままなのだが、それよりもこれだけの覚悟を決めさせたくせに尚もからかう彼への怒りが勝り、その目の前の胸をぼかすかと叩いた。

 ――でも、五人目の求婚者って……、結局誰だったのかな?
 もしもこの先まだ、その人物が現れることがあるなら――、いやいっそ……「彼」であったらいいのに……。
 そう思った香具弥は、竹流のTシャツをぎゅっと握り締めた。

「タケちゃんは……、私がいて、迷惑……?」
 そのまま汗をかいている青年の胸に頬を寄せ、ぽつりと尋ねる。今まで勇気がなくて問い掛けられなかった、その質問。彼が本気で答えてくれるかも分からず、恐くて言えなかったその言葉に、
「――いや、全然」
同じくその気持ちを言葉にしてよいのか分からなかった竹流も、ゆっくりと素直に答えた。本心を言わないことで彼女を失うなんてことは、もう御免であったから。

 その言葉によかった、と香具弥も心から安心して微笑む。
「ていうか、タケちゃん、ちょっと性格変わったね」
「あ? そーしろっつったのは、おめえだろーが」
「そうだけどさ!」
 香具弥ががばっと顔を上げると、今までとは少し違う表情に見えるが、おそらく心から笑っているのであろう、竹流の笑顔にぶつかり――思わず心臓が高鳴って、言葉を失った。
「嫌なら、やめるけど」
「い、嫌じゃない!」
 慌ててそう言う香具弥を竹流はさも面白そうに笑い飛ばすと、優しくその頭を撫でた。

 大きな手で、頭を撫でられて――。
 そんな風に見詰められて――。

 ……あれ? 何だろう。今までと……?

 そんな事を互いに感じながら、竹流の手が香具弥の柔らかい頬に触れると、香具弥は身をびくんと震わせた。
 その大きな手が、ためらいながらも少女の頬をそのままそっと撫で始める。いつか見たあの鋭い眼で、己の眼を見竦められ、香具弥は軽い恐怖を感じると共に身動きが取れなくなる。

 ――怖い。でも、何か――。

 自分でも知らない身体の奥が本能的に熱くなり、それがいけないことのような気がするのに、何か、期待してしまう。
 人間として生きていく月の少女が、ヒトとしての「何か」新しいものに目覚めようとする。その儀式のように、顎が傾けられた。――その時、

「香具弥!!」
「「「天野!」先輩!!」」
四つの声が竹薮に響き、その正体を香具弥が知る前に、二人は慌てて身体を離した。


「「心配したんですよ~! 先輩~!!」」
 龍と燕の双子が、香具弥に向かって泣きながら抱きついてくる。香具弥は二人に「ごめんね、ありがとう」と言いながらも、自分の身体が火照り始めていたことに変な罪悪感を覚えるが、おいおいと泣く二人をなだめているうちに、徐々に先ほどの言い知れない感覚も薄れていく。
「オッサン、てめえ! こんなトコで何して――ひゃ(や)めろっ」
 その香具弥の横では火衣が竹流に食ってかかるが、その頬を竹流がいつも以上に眼が笑っていない氷の笑顔でつねり、御行は私設捜索隊の打ち切りを携帯電話で告げるのであった……。


 そして、不思議な日々が終わり――。


 ・・・・・・・・・・


「いってきまーす」
 おう、今日も元気に学業に励め、といかがわしい記事が満載のスポーツ新聞を読む竹流に送り出された香具弥。金色だった髪も瞳も元の黒に戻り、彼女の中から月姫が現れることは、もうなかった。
 何故なら、「二人」の願いも夢も同じだったのだから。

 月の姫と言われたことも、秋となった今では嘘のようだが、今朝もまた火衣が現れ龍と燕が現れ、御行もやってきた。
 魔法が解けても、夢から醒めても、ただのちっぽけな「香具弥」であっても、変わらない温かな人々。


 ――そう。「私」は、大切な人達と共に、ここで生きていく――。


    ~END~


>>最後までお付き合いいただきまして、誠にありがとうございました!
少女漫画に触発されて書いたドタバタ年の差ほのぼのらぶファンタジー、初稿は今から6年前でした。ちなみにこの内容は当時の読者様から「かぐや姫」を元にしたお話を、とのリクを頂戴したため生まれました。
今ではこうしたノリのものが以前よりも書けなくなってしまったなあと思ったので、今回一度下げたものを加筆修正して再UPということにいたしました。いつかまたこういう感じの気楽にドタバタしたノリのものや、もーっとらぶらぶ度高めの(男性年上の)年の差ラブなんかも書いてみたいです。

…というかこのあとの盛り上がった竹流と香具弥はどうなるのか…(笑)皆様のご想像におまかせしますv
それでは、読んでくださった皆様、途中拍手や感想等で応援してくださった皆様に心より感謝申し上げます!ありがとうございました。



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 ・・・・・・・・・・


 ……どうして、わたし、ここにいるんだろう……。

 今から十二年前のこの場所で。一人の幼い少女は、緑の竹薮を見上げた。竹の囁きは綺麗で優しく少女にとって恐怖はなかったものの、どこか切なかった。どうしてなのか、分からなかったが――。
 すると不意にがさりと音がして、少女は顔を上げた。そこには冷たい眼をした一人の若い男が立っていた。
 人も、自分すらも、必要ないと言っているような感情の乏しい眼。
 しかし何かの欠片が足りなくて、本当はそれをずっと探していたような、それ。

 ――きっと、わたしとおんなじね。

 二人は正反対の表情をしていたが、同じ眼をしていた。少女は青年に向かって優しく微笑む。

 ――絶対にうらぎることのない、大切で唯一のだれかと、いっしょに生きていきたいよね。

 冷たい眼の青年は、このような幼い少女が薄暗い場所にいたことに驚いたようだったが、微笑んだ彼女が何故か自分と同じ眼をしていたからか――ぎこちなく相好を崩した。
「なんだ、お前も独りぼっちなのか」
 少女は頷いた。
「一緒に、来るか?」
 少女は更に嬉しそうに、大きく頷いた。

 一族から見捨てられた少女と、家族を失って一人で生きていた青年は、この日から一緒に生きていく。


 ――ずっと一人きりだった。苛立てば仲間と騒いで暴れるか、女と寝るかして気を紛らわせていた。「寂しい」などと、思ったことはなかったが、満ち足りているとも思わなかった。
 そんな自分と同じ様に、何処か何か足りなくて、にこにこ笑い続けている少女。

 出会った瞬間に、全てを失って以来、初めて無償で自分を心から信じて必要としてくれる人間に出会ったと思ったのだ。それは青年だけでなく、少女も同じであった。

 ――ねえ、一緒に生きていこう?
 ――ひとりぼっちは、寂しいよ。

 だから自分の全て……命すらも懸けて、愛おしんで。慈しんで、育んで。


 ――私の夢は、この地球で生きること。それを叶えてくれる人は、月にはいなかった。ただ「この人」だけが、竹薮に居た私の存在にもう一度気付いてくれた。
 そして今の姿の「私」……天野 香具弥の夢は、骨董商になって天野屋で骨董品を売り、「彼」の商売を助けること。
 どちらもこの今の私を抱き締め、命すら懸けてくれた人と一緒に生きていきたいと願う夢。

 それでも、いいですか?

 貴方も、一緒に居たいと、思ってくれますか――?


 ・・・・・・・・・・


 竹流ははっと目を覚ました。そして自分が地面に寝ているという事実に直ぐ気が付いた。
「香具弥!? 大丈夫か!?」
 腕の中にしっかりと抱いていた少女を揺さぶると、彼女も気が付き、まるで夢から醒めたように目を開ける。
「え? 私……? って、タケちゃんこそ大丈夫!」
 香具弥もがばっと起き上がり、二人それぞれに自分の身体の傷を確認するが、
「俺は……」
 ――痛く、ない……。
「無傷だ」
「嘘! あの高さから落ちたのに!?」
「ああ……」
 竹流も呆然として頷くが、既に空に向かって昇り始めていた月行きの列車から飛び下りたにしては何の衝撃もなく、寧ろあれが現実の出来事だったとは思えなかった。それにまた、たな違和感がある。

 その違和感の理由に気付いた竹流は、勢いよく夜空を見上げた。竹藪の隙間から見える、今宵の月は――、
「見ろよ……」
「え?」
「今日は、十五夜なんかじゃねえ。本当の中秋の名月は、本当はまだ先のはずだ」
「えっ!?」
 香具弥も空を見上げるが、そこには円にはまだ満たない形の月が昇っていた。実は香具弥のことを気にしていた竹流は以前から暦を確認していたのだった。
「じゃあ、あの汽車は……?」
「本物、だったのか?」
「え?」
「『アイツ』の、まやかしだったんじゃないか。今日の事は、汽車も何もかも、全て」
「どうして?」
「……さあ?」
 ――本当は分かっている。竹流は溜め息をついた。


「すみません。月までお願いします」
「あいよ。兄さん、景気いいねえ~」
「残りの出張費、全部使うんで」
 月光タクシーに乗った恒峨は、疲れたというように深く息を吐くと、車のシートにもたれた。
「おや兄さん、怪我してやせんか? 喧嘩ですかい? いやまったく、お綺麗な顔がもったいない……」
「そうですね……」
 窓から見える地上を見下ろしながら、恒峨はもう一度深い溜め息をついた。
 ――もう今の月王にしてみても、今から何代も前の姫になる月姫を呼び戻すことは、必須の命令ではなかった。未来の月宮を任せるための候補は、王族には他に何人かいるからだ。
 月姫を呼び戻そうと思ったのは、半分は恒峨の独断――曽祖父・瀞峨の話を恒峨自身が聞き、彼の遺志を継がねば、と何かに導かれるように思い立ったからであった。

 外見だけでなく性格も曽祖父によく似た彼が、あの少女に同じ様に惹かれたのは確かだ。
 しかし「恒峨」が惹かれたのは、「月姫」にではない。あの貧乏臭い店で一生懸命働く黒髪の少女に、だったのだ。
 その彼女が「そこ」でないと、彼女らしく生きられないと言うのなら、その望みを叶えてやるしかないではないか。瀞峨と同じ気持ちであったとしても、自分は彼とは違う人物なのだから、同じ道を辿るつもりはない、と恒峨もまた最後に決断したのであった。

 ――だが、古と同じ少女に失恋するとはな……。

 恒峨はそう考えて、ふっと苦笑した。
 本当に五人目の求婚者は、「奴」だったのだろうか。いやそうだと認めたくもないのを差し引いても、そんな軽々しいものであるはずがない。

 誰もが欲しがるあの少女が選んだ、唯一の人物なのだから。


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 竹流が乗り込んだ月行きの汽車は、広く長い車両の割には誰もいなかった。香具弥の姿も見えない。
 何両通り過ぎたか分からないが、香具弥を探している内に何故か竹流の身体は重くなり、どこか息苦しくなってきた。しかし彼は気の所為だと思い込み、首を横に振る。
「……今更、何しに来たんですか?」
 そこで不意に冷たい声を掛けられ、彼がが顔を上げると、そこには予想通りあの月の使者――恒峨が立っていた。
「そんなこと、訊かなくてもわかんだろ? それこそ、今更だ」
 竹流は噴き出る汗を拭くと、恒峨を睨みつけた。
「大分、苦しそうですね」
 そんな彼に、恒峨は勝ち誇ったように冷笑を投げかける。
「ずぇんずぇんっ!」
 ぜいぜいと肩で息をしていても説得力はないが、竹流も眼光だけは衰えさせない。

 ――もう、一歩も退くわけにはいかないんだ。
 同じことを望んでいたかもしれないのに、誤解したまま別れたくないのもあるが、それ以上にあの少女を――。

「地上の穢れた空気に長いこと触れていた姫に、これから向かう天上の薄く美しい空気に慣れていただこうと、汽車の中の空気を天上の空気に近くしてあるのです。地上の人間には、こたえるでしょう」
 うっすらと笑いを浮かべたまま、勝ち誇ったように恒峨は言う。しかし、
「だから、何だ……」
何を言われようと最早止まることは出来ない。竹流の苛立ちは、最高潮に達していた。
「え?」
 身体が重かろうが何だろうが――、
「てめーだけは、一発殴っとかねえと気が済まねーんだよ!!」

 ――この男だけは、どうも気に入らない。やり方もそうだが、香具弥への執着心がほかならないからだろうか。
  重い体であったにも関わらず、竹流の本心を爆発させた渾身の拳は、細い恒峨の身体を天に舞わせて汽車の床に叩きつけた。

 ――この、声――!?

 自分を呼ぶ不思議な声の方向へと汽車の中を彷徨っていた月姫は、ひと際大きな声がしたその場所へと身体を瞬間移動させた。
 そこで彼女が見たものは、のびている瀞峨の子孫と、荒い息で己を振り向いた――とても鋭い眼をした男だった。
 その眼を「月姫」は見たことがなかった。けれど、とても懐かしく感じた。
 彼女に向けられた鋭利な刃物のような眼光は一瞬揺らぎ、切なげな眼となる。しかし直ぐにまた、不審がるような視線になった。それは月姫自身の髪と眼の色が、金と黒、交互に入れ替わり、「月姫」でも「香具弥」でもない状態になっているからであるのだが、少女はよく分かっていない。

「お前がもし、香具弥なら――、」
 月姫がぽかんとして、その懐かしさを覚える冷たい男を見上げていると、
「これで、目ぇ覚ませ!」
急に小さな頭に拳が落ちた。それは勿論、先程恒峨に食らわせたものの、百分の一程度の力であったが。

 しかし、
「……痛いなあ! タケちゃん!!」
彼女が何度も食らわされたことのあるそれの効果は、覿面だったようだ。

「やっぱり、香具弥か」
「やっぱりって――」
「それ」
 竹流は「香具弥」と同じ口調と表情に戻った少女の髪を指差した。香具弥が肩に掛かる自分の髪を見ると……、
「ええっ!? 何これっ」
己の髪が黒から金に変わり、また黒に戻っていくのを繰り返す現象に香具弥は驚いた。
「眼の色もそーだぞ」
「うそだぁー」
 すっかりと混乱している香具弥であったが、

『――あなたなのね、私の夢を守ってくれた人は』

「は?」
更には急に香具弥の口から彼女らしからぬ不可解な言葉が発されたので、竹流は訝し気に彼女を見た。
「え? 私、今――?」
 香具弥も見かけだけでなく、自分の内部にも住むもう一人の人格に気付いたようだった。
 不安定な髪と瞳の色といい、この金色の方が香具弥が香具弥として目覚める前の、「月姫」という奴なのかと悟った竹流は、顎に手を当てて呑気に考え始めた。
「さて、どうするか――」

「どうにも、出来ませんよ……」
 すると怒りを顕にした恒峨の声が聞こえてきた――と思うと、彼も気力でよろよろと立ち上がった。
「天野竹流……、貴方を許すわけには、いきません。それにもう手遅れです。この汽車は、走り出しているのですから……」
「ええっ!?」
 香具弥は驚いて窓際に駆け寄り、窓を開けて外を見た。確かに地上が少しずつ、遠ざかっているように見える。
「この力を以って、貴方を消す――」
 恒峨は静かに右手を挙げると、その掌に少しずつ月光の色をしたオーラを溜め始めた。その光は徐々に大きくなりながらまばゆさと熱を増し、術主の体力に関係なく壮大で破壊的な力を感じさせる。

「そっか、もう遅い、か……」
 しかし恒峨の攻撃対象として狙われているくせに、竹流はのんびりと呟いた。――その時、
『やめなさいっ!!』
「私は、タケちゃんと帰るんだから!!」
月姫か、香具弥か――少女は恒峨に向かって大声で叫ぶ。その何よりも逆らえない眼に身竦められた恒峨は、一瞬、手の中の光を弱めた。

 その少女の言葉を確かに聞いた竹流は、瞬間、何か決意したようにひとつ強く頷くと、汽車の窓際にいた香具弥の元へと駆け寄り、肩を強く掴んで言った。
「本当に、帰るんだな」
 香具弥はその眼をしっかりと見た。竹流は今まで彼女が見たことがないほど怖い顔をしていた。でもこれが本当の彼の顔なのだろう、と確信した。だから、
「うん!」
彼女は真面目な顔でこっくりと頷き、「よし、」と竹流も頷くと、香具弥を抱き上げる。

「何を――!?」
 香具弥もとい月姫が竹流の腕の中に居るので、恒峨は力を揮うことが出来ない。ただ慌てて二人を見ているのみだ。
 竹流は汽車の窓から、下を覗き込んだ。まだ三階に満たないほどの高さだ。今なら間に合う。
「急所さえ打たなければ、死なねえ。付き合う度胸はあるか?」
 最後にもう一度腕の中の香具弥に確認すると、香具弥は頷いて竹流の服をぎゅっと握った。
 こんな危険な状況なのに、竹流が自分を巻き込んでくれたことが、「本当の彼」を見せてくれたことが、少女は嬉しかった。彼が対等に自分を見てくれたようで。彼が自分を必要としてくれたようで。

 竹流は正直、一瞬迷った。
 だけど、今は香具弥を渡すか渡さないかの瀬戸際なのだ。彼女はそれでいいと言った。これが正しいかどうか、いい年をした彼にも分からない。

 ――でも、もう信じるしか、ないじゃないか!

「行くぞ。舌噛むから、絶対に口開けるなよ!」
「待て!!」
 竹流と香具弥が汽車から強引に飛び下りたのと、恒峨が二人に向けて光の球を発したのは、同時だった――。


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 竹流の記憶を恒峨に消され、月行きの汽車に乗り込んだ香具弥。一方、
「あれは――!?」
彼女を探し回っていた四人の少年は、月から「ある場所」へと真っ直ぐに伸びている強い光を離れた場所から見付けていた。

「何だあ!?」
 そのまばゆい光が差し込む「ある場所」へとたった今、竹流が到着した。
 ある場所とは――、町の外れにある竹薮だった。

 幼い香具弥と竹流が出会った場所。罪を受けていた月姫が閉じ込められ、そして再生した場所。

 眼の眩むような太い月光の柱の中に、香具弥の姿は見えない。ただ汽車のような大きな黒い影が朧気に見える。――きっと、あの中に香具弥は乗っている! 彼はそう直感した。
「香具弥!!」
 竹流は大声で叫んだが、香具弥の耳には届かないようだった。しまった、なんであの時、一人で家に帰したか――と思ったがもう遅い。


 ――来たか、と恒峨は光の中から、後ろを少し振り返った。
 しかしこの姫の想いに気付けなかった、彼の負けだ。恒峨はそう思いながら月の光を浴びて金色の光を放つ、「香具弥」であった少女の肩をそっと押す。
「今誰か、何か言った……?」
「いいえ、何も……」
 恒峨は優しく微笑んだ。
 曽祖父の瀞峨が愛した姫。一族が全てを懸けて仕える、愛しい月の王族の少女。
 ……五人目の求婚者は、結局「誰」のことだったのか。たとえあの者だったとしても、放棄したのだから。だったら、その座は――。
「もう下界の事は、お忘れください。これからは、天上で暮らすのですから」
 香具弥――「月姫」は、こくりと頷いた。
 そして恒峨は乗り込んだ汽車の一席に少女を座らせ、彼は運転手に発車するように言うため、一人で先頭車両へと向かったのだった。

「でも、誰かが呼んでいるの……『火衣』? 『龍』? 『燕』? ――『御行』?」
 金色の少女はそれでも「誰か」に呼ばれている気がして、何処かで聞いたことがある名前を呟くが、下界の事はついさっきまで「其処」にいたはずなのに、何も思い出せない。
 ――ああでも、遠くでトモダチだった人たちが私を呼んでいる。きっとあれは、私が生んだ子供たちの、その子孫。
 私の大事な子供たち――さようなら。

 でも……、あとひとつ、声がする。
 哀しい声。「私」が聞いたことが、ない声――。

 それは「月姫」が唯一、「月姫」であった時に出会っていないモノだった。それは「香具弥」として再生してからの記憶にある、最も大切なもの。だから月姫には、それが何なのかどうしても分からないのであった。
 しかし何処となく、自分に地上の子どもを生ませてくれた、あの青年の声に似ていると思っていた。

 しかし、彼はもう死んだのだ。もうこの世の何処にもいないのだ。
 あの時、罪を犯したと瀞峨に宣告された。でも、許されるのだと瀞峨の子孫は言う。
 ……でも許される――のに、嬉しくない。
 「彼女」のぼーっとしていた頭が段々、冴えてきた。

 「許される」ということ。そう、それは自分で自分のしたことを、罪と認めることなのだ。
 碧い地球で暮らすこと、それが少女の夢だった。そして命を育んでいくこと――。確かに夢は、刹那的にではあるが叶ったのだ。
 だから月に還らなくてはいけない。想い出だけを胸に……。

 ――違う!!

 がんがんという頭痛を感じながら、少女は金色の髪を激しく揺らして首を振った。

 私の夢は、そんな簡単なものじゃない!
 月には還りたくない! 私の夢は、地上で暮らすこと、地上で命を育むこと。それは、自分自身の命もいつかこの土に埋めて、大地や緑の一部になりたいということ。
 だから竹に寄生させられていても、月に帰るよりよかった。だけど私は許されてしまい、竹から外へ出された。その胎児から赤子へとなり元の年齢に戻るまで、「誰か」に守られて生きていたはずだ。 

 それは、誰? 「私」は今度こそ「私」の夢を叶えるために、その人に出会ったんじゃないの!?

『この子の夢を奪うような奴らには――***は、やらねえ』

 ふと記憶にないはずなのに蘇った、低い声。
 それは今、少女を呼んでいる気がするあの哀しい声と同じ響きをしていた。
「……あなた、なの……?」
 「月姫」は立ち上がった。


 ・・・・・・・・・・


 とにかく崩れた人生を送ってきた竹流だったが、あの日出会った幼い少女のことだけは何があっても守ってやろうと思い、また己のような人生を歩ませたくなかった。
 だから彼女には絶対に自分の本性を見せたくないと、彼は思っていた。何かを壊しては生きていた、元来の本性だけは。
 だが今見せているような姿では物足りないと、香具弥は言った。玉枝の知っているような彼を見せろと。そこまで、全て見せないと、分かり合えないと、少女は要求してきた。
 ――そんな簡単に分かり合えるかよ、人が、と竹流は冷笑を浮かべたものだが、
「……つまり、どんな手を使ってもいいってことだろ?」
香具弥自身からの許しが出たこともあり、昔の悪びれていた頃の人相に戻って、お姫様奪回を謀るのであった……。

 月の光が強すぎて遠くからでははっきりと見えない汽車だったが、その光の柱の中に思い切って入ってみると、黒い車体がはっきりしてきた。
 呼んでも駄目なら、仕方ない――。
 竹流は乗れるかどうか分からないが、まだ動き出していない汽車の空いている扉から中に入った。あっさりと中に入ることが出来、意外に普通だ……と、まるで田舎のローカル線のような汽車の様相にこんな時だが思わず脱力した。

 すると、
「お客さん、切符は?」
とこれまた普通の中年男性の車掌がやってきた。
「ねえよ」
 当たり前だとばかりに、あっさりと竹流が答えると、
「キセル乗車ですか!? それは困ります! 降りていただかないと……」
車掌は焦って竹流の腕を掴んで、彼の乗車を阻んだ――が、一秒後、
「これで、代わりにしとけ!」
そんなのに構ってられる暇はねえと、竹流は車掌の顔面に一発拳を打ち込んだ。

 そして「元・悪」は、一撃でその場に倒れてしまった車掌を全く無視して、香具弥を探すべく再び走り出す――。


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 旧暦八月の十五日。今では九月にあたる中秋の名月の日に、香具弥を乗せる月行きの汽車が出ると恒峨は言った。 
 今はまだ夏休み中でその満月にはまだ早いはずなのに、空には何故か大きな丸い月――。
 誤解しあったままの香具弥を、月には還したくない。不思議な満月と香具弥がいなくなったという事実に嫌な予感がした竹流は、恒峨が寝泊りしていたという公園を目指した。
 しかしそこには人影はなく、彼は無言で土管を蹴った。

 すると――、
「「やはり、何か、あったんですね…」」
竹流の後ろから呆然とした龍と燕が口を揃えて声を掛け、その隣には火衣そして御行が息を切らして立っていた。

 なんでお前らがここに……?という言葉すら失ったように、竹流は無言で四人の少年を振り向いた。
「香具弥が、どっか行っちまうって言ってたんだよ!」
 その問いを聞く前に、火衣がそう叫ぶと竹流を睨みつける。
「様子がおかしいとは思っていたが、今夜急に飛び出すとはな……」
 御行も言葉を続けた。それらの言葉から、四人が言いたいことは、ただひとつ。
「オメーが、しっかりあいつを安心させてやらなかったからだぞ!」
 じゃなければ、こんなことには――。火衣が苛立ちのまま竹流に向かってそう叫び、それを皮切りに五人は再び香具弥を探すべく公園を走り出した。

 ――コイツには叶わない、と本当は四人共分かっていた。
 最初に、香具弥が自分たちの告白から逃げて、竹流の元へと走っていったのを見た時から。
 彼女にとっては、「家族」の方が大事なのだ。
 それなのに、その純粋な気持ちを竹流が守ってやらなかったこと、そのことが少年たちには腹立たしく、悔しかった。


 ――タケちゃんが悪いわけじゃないよ……。
 恒峨に従って歩きながら、香具弥は思っていた。
 もしかしたら自分の方が悪かったのかも知れない、もっとずっと前に素直になっていれば、よかったのかもしれない、と。
 だが、もしかしたら始めからこうなる運命だったのかもしれなかった。何の義理も縁も無い少女をよく見返りもなく、まだ年若い、その上自分すら大事にしないような青年が青春を棒に振って育ててくれたと、香具弥は心からありがたく思う。
 しかしそうは言っても竹流もまだ若いので、自分さえいなくなれば、これから彼の人生やり直しがきくかもしれない――彼女はそうも思っていた。

 香具弥は怖くて聞けなかったが、もし竹流に、自分と一緒にいて幸せだったかと尋ねたら、彼はそうだと答えるのだろう。優しく香具弥の頭を撫でてくれるのだろう。
 何故なら彼が彼女に、優しくない面を見せるわけないのだから。態度はぞんざいであっても、彼の中の負の感情を香具弥に対してぶつけることを、竹流は決してしないのだ。
 それが彼の本音であったり本性であるのかは、分からないが。
 香具弥はそのことに本当に救われてきた。しかし、それだけでは何かが足りないと、いつの頃からか思っていた。
 それが「何」なのか、どうしてそんな風に思い始めたのかは、少女には説明つかず、だからすれ違ったままでいるのだが……。

 未だ迷う香具弥を導き、「ある」場所へ辿り着いた恒峨は、月に向かってすっと手を伸ばした。
 すると月の光を辿ってそれを線路とするように、一両編成の汽車が上空から降りてきた。
 本当に、銀河●道9三つのようだ……と、香具弥は思ったが、実際にそれを目の前にすると、急に躊躇われてしまう。
 ――竹流の顔が心に浮かんだ。離れたくない! と焦り出した。
 せめてもう一度彼に会いたいと、香具弥は慌てて振り返ったが――、汽笛がどこからか耳に聞こえた時、月の光が一層強くなって香具弥を包み込み、彼女は動きを止めた。

 そして月の光を浴びたからか、その光と同じ黄金の輝きを持った瞳と、同じように黄金の光が反射する髪に少女の姿は変化すると、そのままゆっくり恒峨を見上げる。

 その「彼女」の思考から、「竹流」という存在に関わる記憶は一切、失われていた。

「さあ、『月姫』――、参りましょう」
 そしてその言葉にこっくりと頷くと、恒峨の差し出す手をとり、少女は汽車へと足を踏み入れた。


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 暗い家から飛び出した香具弥の眼には、徐々に涙が溜まってきた。
 誰でもいいから、誰かに傍に、居て欲しいと思っていた。できれば、「彼女」の存在を認めてくれる人に……。
 香具弥がいつもの公園に辿り着くと、大きな月を背に銀髪の美しい青年が立っていた。

 ――ああ、やっぱり来た。
 ――ああ、やっぱりいた。

 互いにそう思った。

「私……、何のためにタケちゃんの傍に、いたのかなあ……」
 香具弥はふらふらと、恒峨の元へ近付いた。
「……あの者は、貴女の仮の宿りなのですから――」
 黒い髪、黒い瞳――月の姫ではない証拠。ああでも、これから覚醒するのだろう。月姫として。恒峨は震える香具弥の肩に手を置いた。
「そっか……」
 香具弥はぼんやりと返事をすると、考える。では、今までは何だったのだろう。
 やはり自分は「此処」の者ではなく、竹流にとっても無意味なものだったのか――。

 香具弥はくすくすと笑い出した……そして笑いながら、泣いた。
 恒峨は表情のない銀の眼で、そんな彼女を見ながら思い出していた。

 もう何百年も前から、彼らの一族は彼女たち王族に仕えて来た。心、身体、命の全てを捧げて。
 手に入ることはなくても、その傍にいたい大切な少女。心から欲する、大切な、存在。
 だから瀞峨は月姫を、愛したこの少女を地に堕とした。

 未だに一族で語り継がれている瀞峨と能力も顔も生き写しだ、生まれ変わりではないかと、子供の頃から言われ続けて来た恒峨は、香具弥の細い肩をぐっと握った。
「月に行きましょう。貴女の、真の居場所へ――」
 香具弥は無意識のうちに、こくりと頷いていた。


 ・・・・・・・・・・


 夜の帳が下りた頃から、竹流は何か違和感を覚えていた。
 その理由も解らないまま、玉枝を自分の車に乗せて、とりあえず商店街へと帰ってきたのだが。

『確かに、今日のことは私も悪かったのかも知れないけどさ……それは謝るけど、私らとか全部切っても、あの子の面倒みたいって竹流が決めたんだから、私らと同じよーな、自分を見せない付き合い方でいい訳ないんじゃない?』

 帰り道、同じ煙草を吸いながら玉枝から食らった説教は、分かっていることだったが彼には結構効いた。
 あの少女に全てを隠してきたことが、間違っていたとは思っていない。それが最善だと、悪童と呼ばれていた彼なりに考えた。
 だが、それだけ……子供だと思っていた香具弥が、成長してしまったということなのだろうか。

 そう思うと思わず色々余分なことまで考えてしまい、竹流は車のハンドルに頭をぶつけそうになったが、事故になることもなく、無事に天野屋へ帰着しようとしていた。
 しかし家が近くなるに従って、竹流の心は逸り出す。

 ――こんな悪が傍にいていいのか、と何度も思った。でも、
『一緒にいたって、すごく遠い!』
 お前も、寂しかったんだろうか。

『何のために、一緒にいるの!?』
 ――そう言うお前こそ、どういうつもりで俺の傍にいたのか。

『それで、本当に分かり合えるわけない!!』
 ――分かり合う? 分かち合う? 何を? 誰と――?

 お前は一体、何を俺に望んだ? 一体、どうして欲しかった?
 そして、同じことを二人ともずっと望んでいたとでもいうのか?

 答えを求めるように、竹流は少し緊張しながら家のドアを開けるが――、そこには暗い闇があるだけだった。

「香具弥……!?」
 どくん……どくん……と竹流の胸が波打った。酷く嫌な予感がした。
 まだ帰ってないなんてことはないだろう。彼は一瞬、あの少年たちを疑ったが、それ以上にもっと嫌な感じがしている。
 さっきから在り続ける、この妙な違和感――。電気の点いていない家の中に、月の光が差し込む……。

「――!」
 そして、「あること」に気付いた瞬間、竹流は外へと飛び出した。

 違和感の正体はその夜空にある。
 暗い筈の夜空には丸い、丸い大きな美しい月が浮かんでいた。

「何、……で……」
 中秋の名月――運命の次の満月までには、まだ早いのに!? 何故……?
 ――まさか……、香具弥!
 妖しく不自然なほど美しい満月の下、大きな不安に駆られる竹流もまた、一人の少女を探して走り出した。


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 家族だからって、全てを曝けて付き合っている訳ではないが、香具弥にとって竹流はこの世でたった一人の「家族」なのだ。
 だが、本当は「他人」だからか。それとも香具弥がまだ「子供」だからか。
 本当の「彼」を見せてくれないことは、香具弥としては「拒絶」されているような気がしたのだった。

 思わずその場を飛び出してしまった香具弥であったが県外の遊園地に来ているため、電車に乗って帰るしかない。行きと違い一人寂しく、とぼとぼ歩いて駅へと向かうと――、
「天野先輩っ! よかったー!」
「今日は俺たちが最後までエスコートするんですから。お家まで送っていきますよ」
「やめとけ、香具弥。こいつら飢えた送り狼だ」
「失礼な!」
「そーですよ。どっちがっ!」
すぐに後ろから龍と燕、そして火衣が香具弥を追いかけて来た。

「ごめんね……」
 折角自分を元気付けようと連れてきてくれたのに申し訳ないと、香具弥は頭を下げた。
「暗くなるのに女の子一人じゃ心配です」
「一緒に帰りましょう?」
「てめえらの方が危険だっつうの!」
 双子や火衣の変わらない明るい優しさに、香具弥が申し訳ない気持ちでいると……、騒いでいる四人の横に突然黒い高級車が横付けされた。

「乗っていくといい」
 窓を開き顔を見せたのは、
「「「お坊ちゃま……」」」
先ほどまで遊んでいた遊園地を経営する会社の御曹司。少年三人が、厭そうな声を揃えて助手席の御行に向けたのは言うまでもない。
 しかし接続のよい電車もなく結局その方が楽だということになり、香具弥だけでなく、双子も火衣も大人しく御行の車に乗って家に帰ることにした。

 帰りの車中、香具弥を笑わそうと双子のトークが繰り広げられる(主に火衣をいじって)。怒る火衣に、何も話さない御行――それでも皆の思いやりは香具弥に十分伝わってきた。
 しかし心はやはり、先程の拒絶されたような寂しさに戻り、少女は不意に口を開いた。
「私、どっか遠くに行っちゃうかも知れない……」
「「「「え!?」」」」
 四人の少年全員が驚いて香具弥を見た。

「まさか……、転校……?」
「それとも自殺するとか言うんじゃないでしょうね~」
「そんなことする前に、俺達に相談してくださいよ~」
 火衣と双子が口々に心配して言うが、それまで黙っていた御行がぽつりと言った。
「あの親父のところを出るつもりか?」
 騒いでいた三人は、「そうなのか!?」という表情で再び香具弥を見る。

「――まだ分からないけれど……」
 そうと言えば、そうなのだろう。香具弥は少しの間の後に頷いた。
 竹流の傍にいていいのか自信がなくなってしまわなければ、そんな考えにならなかったかもしれない。
 自分が本当に月姫その人だと言うのなら、自分の在るべき場所に還るべきなのかも知れない。この地球が、天野屋が、竹流の傍が――「仮の宿り」だったというのなら……。
 今の香具弥はそう考えていた。

「まさか、さっきの変わった格好した人に着いて行くんですか?」
 燕が放心しながらも鋭いことを言い、その場の空気がまた凍る。
「なんか怪しくねえか? あいつ……」
 今日一日一緒に行動した割には、敵意を顕にして火衣は言った。そいつのせいで香具弥が遠くに行ってしまうなら、尚更である。
「うん。でも……」
 香具弥はそこで少し哀しげに微笑むと、こう言った。
「どこから来たかも分かんないような私と、仲良くしてくれてありがとう…でもタケちゃんのこととか関係無くって、自分がどこから来たかとか、もっと知りたいから……」

 それは、彼女の本心なのか――。
 香具弥と竹流が親子でも親戚でもないことを知っている四人に、彼女を止めることなど出来なかった。
 「また会いに来るよ」と、そう出来るかは分からなかったが、香具弥はどうにか笑顔で約束した。


 その後の車中は皆、無言だった。暗黙の了解で香具弥を最初に下ろした後、火衣が男だけとなった車内で悔しそうに言った。
「まだ、あのクソ親父の所にいてくれた方が、勝算があるじゃねえか……」
 それを黙って聞いていた御行は、竹流へ投げかけた質問――「香具弥の最後の選択肢に入る気はないのか?」の答えを思い出していた。
 “俺が、何故?”と、彼は冷たい瞳で答えた。それは少女を拒絶しているからか、それとも……。
「自信がないのは、どっちだ……」
 「答え」などもう出ているのに、二人共大きな思い違いをしている。そう思った御行は馬鹿馬鹿しくて大きな溜め息をついた。


 ・・・・・・・・・・


 香具弥が家に戻っても、誰もいなかった。

 暗い家の中に、一人ぼっち。今までは一人でも恐くなかった。――あの日、竹薮に一人で立っていた時すら、少女は恐くはなかった。
 それは絶対に竹流が来てくれるという確信があったから。

 ――何でこんなことに、なっちゃったのかなあ……。
 私じゃ駄目なのかなあ……家族として。そんな名称じゃなかったとしても、傍にいられる存在として、私じゃ……。

 そんなことを考えていると、胸がぎゅっと締め付けられるように苦しくなり、香具弥は久し振りに、涙を落とした。
 もう二度と彼がここへ帰ってこないような錯覚すらして、不安のままに少女はふらふらと家を出てしまい、その足は恒峨がいるであろうあの公園へと自然に向かっていた。

 空には不気味なほど大きな丸い月が、昇ろうとしていた。


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