2009.07/01(Wed)
月姫異聞―ACT31 最悪―
暗い家から飛び出した香具弥の眼には、徐々に涙が溜まってきた。
誰でもいいから、誰かに傍に、居て欲しいと思っていた。できれば、「彼女」の存在を認めてくれる人に……。
香具弥がいつもの公園に辿り着くと、大きな月を背に銀髪の美しい青年が立っていた。
――ああ、やっぱり来た。
――ああ、やっぱりいた。
互いにそう思った。
「私……、何のためにタケちゃんの傍に、いたのかなあ……」
香具弥はふらふらと、恒峨の元へ近付いた。
「……あの者は、貴女の仮の宿りなのですから――」
黒い髪、黒い瞳――月の姫ではない証拠。ああでも、これから覚醒するのだろう。月姫として。恒峨は震える香具弥の肩に手を置いた。
「そっか……」
香具弥はぼんやりと返事をすると、考える。では、今までは何だったのだろう。
やはり自分は「此処」の者ではなく、竹流にとっても無意味なものだったのか――。
香具弥はくすくすと笑い出した……そして笑いながら、泣いた。
恒峨は表情のない銀の眼で、そんな彼女を見ながら思い出していた。
もう何百年も前から、彼らの一族は彼女たち王族に仕えて来た。心、身体、命の全てを捧げて。
手に入ることはなくても、その傍にいたい大切な少女。心から欲する、大切な、存在。
だから瀞峨は月姫を、愛したこの少女を地に堕とした。
未だに一族で語り継がれている瀞峨と能力も顔も生き写しだ、生まれ変わりではないかと、子供の頃から言われ続けて来た恒峨は、香具弥の細い肩をぐっと握った。
「月に行きましょう。貴女の、真の居場所へ――」
香具弥は無意識のうちに、こくりと頷いていた。
・・・・・・・・・・
夜の帳が下りた頃から、竹流は何か違和感を覚えていた。
その理由も解らないまま、玉枝を自分の車に乗せて、とりあえず商店街へと帰ってきたのだが。
『確かに、今日のことは私も悪かったのかも知れないけどさ……それは謝るけど、私らとか全部切っても、あの子の面倒みたいって竹流が決めたんだから、私らと同じよーな、自分を見せない付き合い方でいい訳ないんじゃない?』
帰り道、同じ煙草を吸いながら玉枝から食らった説教は、分かっていることだったが彼には結構効いた。
あの少女に全てを隠してきたことが、間違っていたとは思っていない。それが最善だと、悪童と呼ばれていた彼なりに考えた。
だが、それだけ……子供だと思っていた香具弥が、成長してしまったということなのだろうか。
そう思うと思わず色々余分なことまで考えてしまい、竹流は車のハンドルに頭をぶつけそうになったが、事故になることもなく、無事に天野屋へ帰着しようとしていた。
しかし家が近くなるに従って、竹流の心は逸り出す。
――こんな悪が傍にいていいのか、と何度も思った。でも、
『一緒にいたって、すごく遠い!』
お前も、寂しかったんだろうか。
『何のために、一緒にいるの!?』
――そう言うお前こそ、どういうつもりで俺の傍にいたのか。
『それで、本当に分かり合えるわけない!!』
――分かり合う? 分かち合う? 何を? 誰と――?
お前は一体、何を俺に望んだ? 一体、どうして欲しかった?
そして、同じことを二人ともずっと望んでいたとでもいうのか?
答えを求めるように、竹流は少し緊張しながら家のドアを開けるが――、そこには暗い闇があるだけだった。
「香具弥……!?」
どくん……どくん……と竹流の胸が波打った。酷く嫌な予感がした。
まだ帰ってないなんてことはないだろう。彼は一瞬、あの少年たちを疑ったが、それ以上にもっと嫌な感じがしている。
さっきから在り続ける、この妙な違和感――。電気の点いていない家の中に、月の光が差し込む……。
「――!」
そして、「あること」に気付いた瞬間、竹流は外へと飛び出した。
違和感の正体はその夜空にある。
暗い筈の夜空には丸い、丸い大きな美しい月が浮かんでいた。
「何、……で……」
中秋の名月――運命の次の満月までには、まだ早いのに!? 何故……?
――まさか……、香具弥!
妖しく不自然なほど美しい満月の下、大きな不安に駆られる竹流もまた、一人の少女を探して走り出した。
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誰でもいいから、誰かに傍に、居て欲しいと思っていた。できれば、「彼女」の存在を認めてくれる人に……。
香具弥がいつもの公園に辿り着くと、大きな月を背に銀髪の美しい青年が立っていた。
――ああ、やっぱり来た。
――ああ、やっぱりいた。
互いにそう思った。
「私……、何のためにタケちゃんの傍に、いたのかなあ……」
香具弥はふらふらと、恒峨の元へ近付いた。
「……あの者は、貴女の仮の宿りなのですから――」
黒い髪、黒い瞳――月の姫ではない証拠。ああでも、これから覚醒するのだろう。月姫として。恒峨は震える香具弥の肩に手を置いた。
「そっか……」
香具弥はぼんやりと返事をすると、考える。では、今までは何だったのだろう。
やはり自分は「此処」の者ではなく、竹流にとっても無意味なものだったのか――。
香具弥はくすくすと笑い出した……そして笑いながら、泣いた。
恒峨は表情のない銀の眼で、そんな彼女を見ながら思い出していた。
もう何百年も前から、彼らの一族は彼女たち王族に仕えて来た。心、身体、命の全てを捧げて。
手に入ることはなくても、その傍にいたい大切な少女。心から欲する、大切な、存在。
だから瀞峨は月姫を、愛したこの少女を地に堕とした。
未だに一族で語り継がれている瀞峨と能力も顔も生き写しだ、生まれ変わりではないかと、子供の頃から言われ続けて来た恒峨は、香具弥の細い肩をぐっと握った。
「月に行きましょう。貴女の、真の居場所へ――」
香具弥は無意識のうちに、こくりと頷いていた。
・・・・・・・・・・
夜の帳が下りた頃から、竹流は何か違和感を覚えていた。
その理由も解らないまま、玉枝を自分の車に乗せて、とりあえず商店街へと帰ってきたのだが。
『確かに、今日のことは私も悪かったのかも知れないけどさ……それは謝るけど、私らとか全部切っても、あの子の面倒みたいって竹流が決めたんだから、私らと同じよーな、自分を見せない付き合い方でいい訳ないんじゃない?』
帰り道、同じ煙草を吸いながら玉枝から食らった説教は、分かっていることだったが彼には結構効いた。
あの少女に全てを隠してきたことが、間違っていたとは思っていない。それが最善だと、悪童と呼ばれていた彼なりに考えた。
だが、それだけ……子供だと思っていた香具弥が、成長してしまったということなのだろうか。
そう思うと思わず色々余分なことまで考えてしまい、竹流は車のハンドルに頭をぶつけそうになったが、事故になることもなく、無事に天野屋へ帰着しようとしていた。
しかし家が近くなるに従って、竹流の心は逸り出す。
――こんな悪が傍にいていいのか、と何度も思った。でも、
『一緒にいたって、すごく遠い!』
お前も、寂しかったんだろうか。
『何のために、一緒にいるの!?』
――そう言うお前こそ、どういうつもりで俺の傍にいたのか。
『それで、本当に分かり合えるわけない!!』
――分かり合う? 分かち合う? 何を? 誰と――?
お前は一体、何を俺に望んだ? 一体、どうして欲しかった?
そして、同じことを二人ともずっと望んでいたとでもいうのか?
答えを求めるように、竹流は少し緊張しながら家のドアを開けるが――、そこには暗い闇があるだけだった。
「香具弥……!?」
どくん……どくん……と竹流の胸が波打った。酷く嫌な予感がした。
まだ帰ってないなんてことはないだろう。彼は一瞬、あの少年たちを疑ったが、それ以上にもっと嫌な感じがしている。
さっきから在り続ける、この妙な違和感――。電気の点いていない家の中に、月の光が差し込む……。
「――!」
そして、「あること」に気付いた瞬間、竹流は外へと飛び出した。
違和感の正体はその夜空にある。
暗い筈の夜空には丸い、丸い大きな美しい月が浮かんでいた。
「何、……で……」
中秋の名月――運命の次の満月までには、まだ早いのに!? 何故……?
――まさか……、香具弥!
妖しく不自然なほど美しい満月の下、大きな不安に駆られる竹流もまた、一人の少女を探して走り出した。
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