碧落の砂時計 月姫異聞―ACT34 ニ人の覚悟―

碧落の砂時計

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 竹流が乗り込んだ月行きの汽車は、広く長い車両の割には誰もいなかった。香具弥の姿も見えない。
 何両通り過ぎたか分からないが、香具弥を探している内に何故か竹流の身体は重くなり、どこか息苦しくなってきた。しかし彼は気の所為だと思い込み、首を横に振る。
「……今更、何しに来たんですか?」
 そこで不意に冷たい声を掛けられ、彼がが顔を上げると、そこには予想通りあの月の使者――恒峨が立っていた。
「そんなこと、訊かなくてもわかんだろ? それこそ、今更だ」
 竹流は噴き出る汗を拭くと、恒峨を睨みつけた。
「大分、苦しそうですね」
 そんな彼に、恒峨は勝ち誇ったように冷笑を投げかける。
「ずぇんずぇんっ!」
 ぜいぜいと肩で息をしていても説得力はないが、竹流も眼光だけは衰えさせない。

 ――もう、一歩も退くわけにはいかないんだ。
 同じことを望んでいたかもしれないのに、誤解したまま別れたくないのもあるが、それ以上にあの少女を――。

「地上の穢れた空気に長いこと触れていた姫に、これから向かう天上の薄く美しい空気に慣れていただこうと、汽車の中の空気を天上の空気に近くしてあるのです。地上の人間には、こたえるでしょう」
 うっすらと笑いを浮かべたまま、勝ち誇ったように恒峨は言う。しかし、
「だから、何だ……」
何を言われようと最早止まることは出来ない。竹流の苛立ちは、最高潮に達していた。
「え?」
 身体が重かろうが何だろうが――、
「てめーだけは、一発殴っとかねえと気が済まねーんだよ!!」

 ――この男だけは、どうも気に入らない。やり方もそうだが、香具弥への執着心がほかならないからだろうか。
  重い体であったにも関わらず、竹流の本心を爆発させた渾身の拳は、細い恒峨の身体を天に舞わせて汽車の床に叩きつけた。

 ――この、声――!?

 自分を呼ぶ不思議な声の方向へと汽車の中を彷徨っていた月姫は、ひと際大きな声がしたその場所へと身体を瞬間移動させた。
 そこで彼女が見たものは、のびている瀞峨の子孫と、荒い息で己を振り向いた――とても鋭い眼をした男だった。
 その眼を「月姫」は見たことがなかった。けれど、とても懐かしく感じた。
 彼女に向けられた鋭利な刃物のような眼光は一瞬揺らぎ、切なげな眼となる。しかし直ぐにまた、不審がるような視線になった。それは月姫自身の髪と眼の色が、金と黒、交互に入れ替わり、「月姫」でも「香具弥」でもない状態になっているからであるのだが、少女はよく分かっていない。

「お前がもし、香具弥なら――、」
 月姫がぽかんとして、その懐かしさを覚える冷たい男を見上げていると、
「これで、目ぇ覚ませ!」
急に小さな頭に拳が落ちた。それは勿論、先程恒峨に食らわせたものの、百分の一程度の力であったが。

 しかし、
「……痛いなあ! タケちゃん!!」
彼女が何度も食らわされたことのあるそれの効果は、覿面だったようだ。

「やっぱり、香具弥か」
「やっぱりって――」
「それ」
 竹流は「香具弥」と同じ口調と表情に戻った少女の髪を指差した。香具弥が肩に掛かる自分の髪を見ると……、
「ええっ!? 何これっ」
己の髪が黒から金に変わり、また黒に戻っていくのを繰り返す現象に香具弥は驚いた。
「眼の色もそーだぞ」
「うそだぁー」
 すっかりと混乱している香具弥であったが、

『――あなたなのね、私の夢を守ってくれた人は』

「は?」
更には急に香具弥の口から彼女らしからぬ不可解な言葉が発されたので、竹流は訝し気に彼女を見た。
「え? 私、今――?」
 香具弥も見かけだけでなく、自分の内部にも住むもう一人の人格に気付いたようだった。
 不安定な髪と瞳の色といい、この金色の方が香具弥が香具弥として目覚める前の、「月姫」という奴なのかと悟った竹流は、顎に手を当てて呑気に考え始めた。
「さて、どうするか――」

「どうにも、出来ませんよ……」
 すると怒りを顕にした恒峨の声が聞こえてきた――と思うと、彼も気力でよろよろと立ち上がった。
「天野竹流……、貴方を許すわけには、いきません。それにもう手遅れです。この汽車は、走り出しているのですから……」
「ええっ!?」
 香具弥は驚いて窓際に駆け寄り、窓を開けて外を見た。確かに地上が少しずつ、遠ざかっているように見える。
「この力を以って、貴方を消す――」
 恒峨は静かに右手を挙げると、その掌に少しずつ月光の色をしたオーラを溜め始めた。その光は徐々に大きくなりながらまばゆさと熱を増し、術主の体力に関係なく壮大で破壊的な力を感じさせる。

「そっか、もう遅い、か……」
 しかし恒峨の攻撃対象として狙われているくせに、竹流はのんびりと呟いた。――その時、
『やめなさいっ!!』
「私は、タケちゃんと帰るんだから!!」
月姫か、香具弥か――少女は恒峨に向かって大声で叫ぶ。その何よりも逆らえない眼に身竦められた恒峨は、一瞬、手の中の光を弱めた。

 その少女の言葉を確かに聞いた竹流は、瞬間、何か決意したようにひとつ強く頷くと、汽車の窓際にいた香具弥の元へと駆け寄り、肩を強く掴んで言った。
「本当に、帰るんだな」
 香具弥はその眼をしっかりと見た。竹流は今まで彼女が見たことがないほど怖い顔をしていた。でもこれが本当の彼の顔なのだろう、と確信した。だから、
「うん!」
彼女は真面目な顔でこっくりと頷き、「よし、」と竹流も頷くと、香具弥を抱き上げる。

「何を――!?」
 香具弥もとい月姫が竹流の腕の中に居るので、恒峨は力を揮うことが出来ない。ただ慌てて二人を見ているのみだ。
 竹流は汽車の窓から、下を覗き込んだ。まだ三階に満たないほどの高さだ。今なら間に合う。
「急所さえ打たなければ、死なねえ。付き合う度胸はあるか?」
 最後にもう一度腕の中の香具弥に確認すると、香具弥は頷いて竹流の服をぎゅっと握った。
 こんな危険な状況なのに、竹流が自分を巻き込んでくれたことが、「本当の彼」を見せてくれたことが、少女は嬉しかった。彼が対等に自分を見てくれたようで。彼が自分を必要としてくれたようで。

 竹流は正直、一瞬迷った。
 だけど、今は香具弥を渡すか渡さないかの瀬戸際なのだ。彼女はそれでいいと言った。これが正しいかどうか、いい年をした彼にも分からない。

 ――でも、もう信じるしか、ないじゃないか!

「行くぞ。舌噛むから、絶対に口開けるなよ!」
「待て!!」
 竹流と香具弥が汽車から強引に飛び下りたのと、恒峨が二人に向けて光の球を発したのは、同時だった――。


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