碧落の砂時計 月姫異聞―ACT35 願い(前編)―

碧落の砂時計

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 ……どうして、わたし、ここにいるんだろう……。

 今から十二年前のこの場所で。一人の幼い少女は、緑の竹薮を見上げた。竹の囁きは綺麗で優しく少女にとって恐怖はなかったものの、どこか切なかった。どうしてなのか、分からなかったが――。
 すると不意にがさりと音がして、少女は顔を上げた。そこには冷たい眼をした一人の若い男が立っていた。
 人も、自分すらも、必要ないと言っているような感情の乏しい眼。
 しかし何かの欠片が足りなくて、本当はそれをずっと探していたような、それ。

 ――きっと、わたしとおんなじね。

 二人は正反対の表情をしていたが、同じ眼をしていた。少女は青年に向かって優しく微笑む。

 ――絶対にうらぎることのない、大切で唯一のだれかと、いっしょに生きていきたいよね。

 冷たい眼の青年は、このような幼い少女が薄暗い場所にいたことに驚いたようだったが、微笑んだ彼女が何故か自分と同じ眼をしていたからか――ぎこちなく相好を崩した。
「なんだ、お前も独りぼっちなのか」
 少女は頷いた。
「一緒に、来るか?」
 少女は更に嬉しそうに、大きく頷いた。

 一族から見捨てられた少女と、家族を失って一人で生きていた青年は、この日から一緒に生きていく。


 ――ずっと一人きりだった。苛立てば仲間と騒いで暴れるか、女と寝るかして気を紛らわせていた。「寂しい」などと、思ったことはなかったが、満ち足りているとも思わなかった。
 そんな自分と同じ様に、何処か何か足りなくて、にこにこ笑い続けている少女。

 出会った瞬間に、全てを失って以来、初めて無償で自分を心から信じて必要としてくれる人間に出会ったと思ったのだ。それは青年だけでなく、少女も同じであった。

 ――ねえ、一緒に生きていこう?
 ――ひとりぼっちは、寂しいよ。

 だから自分の全て……命すらも懸けて、愛おしんで。慈しんで、育んで。


 ――私の夢は、この地球で生きること。それを叶えてくれる人は、月にはいなかった。ただ「この人」だけが、竹薮に居た私の存在にもう一度気付いてくれた。
 そして今の姿の「私」……天野 香具弥の夢は、骨董商になって天野屋で骨董品を売り、「彼」の商売を助けること。
 どちらもこの今の私を抱き締め、命すら懸けてくれた人と一緒に生きていきたいと願う夢。

 それでも、いいですか?

 貴方も、一緒に居たいと、思ってくれますか――?


 ・・・・・・・・・・


 竹流ははっと目を覚ました。そして自分が地面に寝ているという事実に直ぐ気が付いた。
「香具弥!? 大丈夫か!?」
 腕の中にしっかりと抱いていた少女を揺さぶると、彼女も気が付き、まるで夢から醒めたように目を開ける。
「え? 私……? って、タケちゃんこそ大丈夫!」
 香具弥もがばっと起き上がり、二人それぞれに自分の身体の傷を確認するが、
「俺は……」
 ――痛く、ない……。
「無傷だ」
「嘘! あの高さから落ちたのに!?」
「ああ……」
 竹流も呆然として頷くが、既に空に向かって昇り始めていた月行きの列車から飛び下りたにしては何の衝撃もなく、寧ろあれが現実の出来事だったとは思えなかった。それにまた、たな違和感がある。

 その違和感の理由に気付いた竹流は、勢いよく夜空を見上げた。竹藪の隙間から見える、今宵の月は――、
「見ろよ……」
「え?」
「今日は、十五夜なんかじゃねえ。本当の中秋の名月は、本当はまだ先のはずだ」
「えっ!?」
 香具弥も空を見上げるが、そこには円にはまだ満たない形の月が昇っていた。実は香具弥のことを気にしていた竹流は以前から暦を確認していたのだった。
「じゃあ、あの汽車は……?」
「本物、だったのか?」
「え?」
「『アイツ』の、まやかしだったんじゃないか。今日の事は、汽車も何もかも、全て」
「どうして?」
「……さあ?」
 ――本当は分かっている。竹流は溜め息をついた。


「すみません。月までお願いします」
「あいよ。兄さん、景気いいねえ~」
「残りの出張費、全部使うんで」
 月光タクシーに乗った恒峨は、疲れたというように深く息を吐くと、車のシートにもたれた。
「おや兄さん、怪我してやせんか? 喧嘩ですかい? いやまったく、お綺麗な顔がもったいない……」
「そうですね……」
 窓から見える地上を見下ろしながら、恒峨はもう一度深い溜め息をついた。
 ――もう今の月王にしてみても、今から何代も前の姫になる月姫を呼び戻すことは、必須の命令ではなかった。未来の月宮を任せるための候補は、王族には他に何人かいるからだ。
 月姫を呼び戻そうと思ったのは、半分は恒峨の独断――曽祖父・瀞峨の話を恒峨自身が聞き、彼の遺志を継がねば、と何かに導かれるように思い立ったからであった。

 外見だけでなく性格も曽祖父によく似た彼が、あの少女に同じ様に惹かれたのは確かだ。
 しかし「恒峨」が惹かれたのは、「月姫」にではない。あの貧乏臭い店で一生懸命働く黒髪の少女に、だったのだ。
 その彼女が「そこ」でないと、彼女らしく生きられないと言うのなら、その望みを叶えてやるしかないではないか。瀞峨と同じ気持ちであったとしても、自分は彼とは違う人物なのだから、同じ道を辿るつもりはない、と恒峨もまた最後に決断したのであった。

 ――だが、古と同じ少女に失恋するとはな……。

 恒峨はそう考えて、ふっと苦笑した。
 本当に五人目の求婚者は、「奴」だったのだろうか。いやそうだと認めたくもないのを差し引いても、そんな軽々しいものであるはずがない。

 誰もが欲しがるあの少女が選んだ、唯一の人物なのだから。


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