碧落の砂時計 もしかしたらの神様。 御礼SS①

碧落の砂時計

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「まあ、たまにはいいんじゃないですか?」
 各駅停車のローカル電車に、こととんこととんと揺られる夏休み。電車通学をしていた頃を思い出す懐かしい音をバックに、向かいの席で笑う早海に祇園はこくんと頷いた。
 夏休みといっても社会人の祇園に、学生のような長期休みはもうない。八月に権利として数日貰える夏季休暇のことである。お盆は例年のとおり、今年も早海と一緒に県外にある祇園の母親の墓参りに出掛けた。祇園の仕事の都合がつかず日帰りをしたが、その分八月下旬に休みを取り遊びに行こうという話になった。
 祇園が学生だった頃は金銭的な理由が大きく、友人との付き合い以外で旅行に行こうとは思わなかったが、今年彼女が無事就職したことから、「俺の学生生活最後の思い出に」と言う早海にほだされて、相変わらず生活に余裕はないものの一泊二日の旅行を計画したのだった。

 二人が行こうとしている場所は車で行けばさほど遠くはないのだが、旅行気分を出そうと珍しく電車、しかも金額を考えてローカル線を使っている。冷房が強く効いているわけでもない電車内だが、外よりは暑くない。
 来年度の就職先は無事に決まったものの、卒業研究とアルバイトを両立するのに忙しいという早海は、昨日も夜遅くまで働いていたらしい。今朝も早起きをして出てきたため、彼にしては珍しくこくりこくりと船を漕ぎ始めた。
 そんな自分に気付いたらしく、早海は「ああすみません」と瞼の重そうな顔を上げ、祇園に謝ってきた。
「いいよ。まだ時間かかるし。疲れてるなら、気にしないで寝なよ」
 車と違い、身体を休められる電車の旅。日頃の忙しさから解放されるためにも来たのだ。早速その効果があったか、少しばかり無防備な早海が祇園も微笑ましくなった。相変わらずな童顔に、女の子みたいだった中学生時代の姿を思い出す。
 ボックス席の対面に座っていた祇園は、軽く腰を上げると早海の額に手を伸ばした。前髪に触れ、そのまま掌を下げる。祇園の冷たい手よりも暖かい早海の額。彼女が手を戻した時、彼の瞼は閉じていた。
 二十二歳になったのだが、腕を組んでうとうととする早海の寝顔が可愛い。しかし十九歳の頃と比べて体重は変わっていないようだが、身体の方は昔よりも骨格がしっかりしてきたような気がする。骨ばった指や自分よりもずっと幅の広い肩を見ながら、祇園はそんなことを考えていた。

 窓の外を見れば、真夏の田舎の景色。山間を縫って時々トンネルに入るが、再び緑色の田畑が広がり、光る川、ぽつんぽつんと建つ家、そして駅前の小さな商店街を横目に通過してまた田園風景に入る。
 しばらくその光景を眺めていた祇園だったが、やがてバッグから本を取り出して読み始めた。仕事でパソコンや端末ばかり見ているからだろう。息抜きの時間には、そうした機器から離れていたかった。
 眠ってしまった早海が楽しみでなかったのかな、とは思わない。彼も都合をつけようと必死で頑張ってくれていたことは、知っている。時々本から顔を上げて早海の可愛い寝顔を確認しては、頬が緩みそうになり、誰も見ていないのに祇園は一人慌てる。
 だがそのうち、祇園の口からも欠伸がとび出した。祇園も今日の夏季休暇を取るために、昨日まで残業が続いていたのだ。好きな人との折角の旅行を実は祇園も楽しみにしており、昨夜は子供のように眠れなかったほど。客が少ないこともあり、祇園もかくん、と頭を下げると本を自然に閉じていた。

 ――どれくらいそうしていただろうか。祇園ははっと眼を覚ました。うたた寝であったので、長い時間ではないと思う。見慣れない風景に一瞬、自分が何をしているのか、何処にいるのかと焦ってしまった。意外と深い眠りだったのだろう。
 旅行に来ていることを思い出し駅名を確認しようと急いで外を見ると、丁度ある駅を発車したところだった。今の駅名は通過する駅であったと覚えている。あと六駅乗ったら降り、バスに乗換えればいい。
 祇園がほっとして眼の前の青年を確認すると、彼はいつの間に起きていたのか笑って祇園を見ていた。
「まだ大丈夫ですよ」
 昔より敬語であることは少なくなったが、彼は習性だと言って人前では「先輩」用の敬語を使うことがある。だがこの場合は、慌てていた祇園をからかっているように聞こえた。
「起きてたなら、言ってくれればいいのに」
 むくれた祇園に、早海は伸びをしながら謝る。
「すみません。俺も少し前に起きて」
「乗り過ごさなくてよかったよ」
 祇園がそう言い、早海が同意した後、彼女はまたふと気が付く。夏で電車の中だからか、ひどく喉が渇いている。まさか――。
「私、口開けて寝てなかった?」
 早海はきょとんとした顔をすると、「さあ?」と首を傾げる。
「ええ! どっち?」
 祇園が周りの邪魔にならない程度の声を上げて早海に膝を寄せると、彼は「大丈夫ですよ」ともう一度同じ言葉を繰り返した。
「可愛い寝顔してました」
「ばか!」
 間抜けな寝顔は彼に見せ続けている。大学二年生の時に早海と付き合いだしてから、もう四年目。二人で幾度も朝を迎えているのだ。
 それに早海の就職先が決まったところで――祇園がもう少し仕事に慣れ、彼の卒業研究も無事終わった頃に――、結婚を前提に一緒に住もうという提案もある。祇園の父親がどう言うか分からないが、「光熱費も食費も浮きますし」という早海の言葉に魅力を感じてしまう自分が情けない。だから寝顔ひとつで焦ることもないのだが。

 しかし同棲するといっても職場が離れていれば無理ではないかと祇園は思ったが、あろうことか早海は祇園の勤めているビルの隣の建設会社に就職を決めたのだ。彼はやはり父親の事業を継ぐつもりはないらしく、父親の会社とは縁のない、大学で学んだことが生かせる会社に決めた、と言っている。隣で職種が違えば祇園とも職場恋愛になるわけでもなく、別に問題はない。
 それにしても大学だけでなく、就職先まで追いかけてくるとは。「何を考えてるんだ!」と怒った祇園だが、「変な奴に狙われないよう見張りやすいし、でも同じ職場だと祇園さんも気を遣いますし、出世にも響くかもしれないでしょう。だから丁度いいじゃないですか」としれっと返された。

 相変わらず恐ろしいほど優しく嫉妬深く祇園に依存しすぎなほどの早海だが、彼がその会社で生きがいを持って仕事ができるなら反対はしない。県外に勤められるよりはいい。しかし祇園の勤め先のソフトウェア会社は搬入の移動距離が短いということで、その建設会社を得意先として互いによく出入りしているのだ。これからもそのたびに恥ずかしい思いをしそうである。
 いずれにせよあの空白の五年間の分、絶対に祇園を手放さないという思いの強い早海だが、彼女は今でもそれを迷惑に思わなかった。この息苦しさが心地良いなど、何と言うマゾヒズムだろうか。自分でも自分に呆れるが、彼の依存心が自分の存在理由である気がしてしまうのであった。もっともそれは早海の素行が健全で、祇園に暴力など一切奮わず、お互いの友人関係を大事にしているため不安も少ないのだが。
 だから祇園の方がもっと束縛してよ、と思ってしまうことすらある。彼が友人と遊びに行けば仕方ないと分かっていても寂しい。どれだけ自分は貪欲なのかと思う祇園は、結局早海の就職先について嫌悪感を抱くことはなかったのだった。

 そんなわけで化粧すらしていない寝顔も見慣れているはずだが、早海は微笑むと更にこんなことを言う。


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2009.01.30 13:34 | 更新報告・制作情報 | トラックバック(-) | コメント(-) |
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