碧落の砂時計 ネムリヒメ。のそしてそれから(ゲレンデが溶けるほど恋してればいいよ編)

碧落の砂時計

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 真っ青な空。白煙を上げ、斜面を滑らかに駆け下りる、人、人の影。何が面白いのか一夜にはよく分からないものの、目がよいことだけは自負しているため、見慣れたあの黒い影はすぐに見つけられた。
 前と後ろに器用に体重をかけて、颯爽と滑走するスキーヤーを避け、おぼつかない小さな子供には近寄らず、大きく旋回して斜面を舐めるように、時に削り取りながら降りてくる。
 どれくらいのスピードで風を感じているのだろう。恐くないのか。昔、中学校のスキー教室で止まることができず斜面を一直線に下る羽目になったうえに、最後には派手に転倒してスキー板を飛ばし足まで捻った一夜は、もう二度とこのウインタースポーツはするものかと決めたというのに。
 彼はやはり器用なのだろう。そして身体を動かすのが大好きな健全な若者に育ったのだろう。一夜はそう納得した。子供が生まれたら、運動のことは全て彼に任せようと一人で頷き、何を考えているんだと白い雪の中で顔を赤らめた。
 最後に急斜面のコブを利用して、彼は跳んだ。
 ――すげえ。
 低いジャンプだが無事に着地した源二は、普段着のまま建物とリフト乗り場との間で待っていた一夜の元へと、そのままスノーボードで滑ってきた。

「すごいすごい」
「何が」
 一夜の拍手に源二はむすりと返す。気持ち良さそうに滑っていた癖に、見せる表情は相変わらずだ。
「私、あんな風に滑れない」
「練習すりゃ、ある程度は滑れるだろ」
「跳んでたし」
「あんなん低いし」
 言われてみれば、彼の黒い帽子に氷のような雪の粒が光っている。一夜の立っている場所からは見えるわけもない山の上で、派手に転んできたのだろうか。いずれにせよ、彼とて最初は初心者だったはずだ。この青年の努力家であるところは彼を産み、幼い頃を育ててくれた両親に感謝する。
「つうか、見てたのか」
 そこで源二に見下ろされ、一夜はこくんと頷き雪と空との境目を指差した。
「あのへんから見えた」
「よく分かったな」
「黒尽くめだし、私、目いいし、源二上手いし」
 一夜の率直な言葉に、彼は満更ではなかったらしい。睨むように顔に皺を寄せ、口をへの字にした。分かりづらいが、これは照れている時の表情なのだ。
 その時ぴゅうと冷たい風が吹いて、一夜は源二の荷物から拝借した黒いダウンに顔を埋めた。すぐに風が止んだ。だが雪の中、針葉樹の緑の枝は未だに揺れている。ブーツを履いた足元も冷気が駆け抜ける。だが身体の前には黒い影。どうやら源二が身体をずらして、一夜を庇ってくれたようだ。
「もう一本滑ってくるけど、いい」
「お金勿体無いし、もう一本と言わずに好きなだけ。付き合わなくて悪いねえ。一人でつまんなくないの? 私なんかと一緒でよかったの?」
 リフト乗り場の時計を確認した源二は、一夜をちらりと見ると、もう一度斜面の様子を見るように細めた眼を向けた。
「何も考えないで、滑ってるのが気持ちいい。風が冷たくて、色々吹き飛ぶ。跳ぶ時には、次はできるんかなってワクワクするし」
 無表情で訥々と語るが、源二なりに楽しんでいるようだ。これは一夜には感じ得ないものであり、源二らしい、彼の素の気持ちが垣間見れた気がして、彼女は思わず微笑んだ。
「分かった。じゃあ、こっちはまた温泉入って雪見酒してよーかな」
「ほどほどにしろよ」
「はいはい」

 就職活動がピークを迎える源二だが、息抜きも必要と大学の春休みを利用して、雪山へと旅行にやってきた二人。一夜の雪見酒&温泉という希望と、源二のスノーボードをしたいという希望とが一致し、平日の人が少なく安い日を狙い、ドライブを兼ねてやってきた。
 どうして彼は、このようなインドア派で面倒臭がりで寒がりのおばさんがいいのか。三十路を超えて肌も髪も色々とピンチを迎えているのに、未だ全身を愛撫してくれるのか。相変わらず分からないまま、一夜は彼に守られて御伽話のような平穏な日々を送っていた。
 世界は常に様々な出来事が起き、自分たちもいつかは苦労すること、哀しく辛い想いをすることも訪れるのかもしれないが、二人共に過ごせる今を精一杯楽しめるように。

「じゃ、また後でね」
「おう」
 手を振る一夜の肩に、黒いグローブの手が去り際に、ぽん、と置かれ――この非日常的な状況だからだろうか、今年は三十二にもなるという一夜だが、妙にどきりとしてしまった。おばさんが照れてどうするんだと思いながらも、昨夜も隣接するホテルの一室で抱かれて、今日も非日常が手伝って連続で雪見ナニソレといくかもしれないのに。
 長年一緒に居るというのに。何やらよく分からない感情に背中を押され、やっぱりもう一度滑り降りてくる黒い影を見届けようと、一夜は首を竦めて源二の背中を見送った。

 ~END~

>>このSSは2008年に書いた続編第1弾の「ネムリヒメ。の恋」で、クリスマス編の後にスキー場編を考えていたのですがボツってしまいまして。そこにゲンさんのボードシーンがあったため、ふと思い出して書きました。昔から雪山を臨める場所に住み、よく遊びに行っていたため、前々から雪ネタで書きたかったのもあります。
 ほんの短い日常編ですが、たった一人の方にでもほっこりしていただけますように。私自身も書くことで、常に自分の気持ちを解放させていただいてます。お目を通してくださった皆様、ありがとうございました。


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2011.03.15 09:02 | 更新報告・制作情報 | トラックバック(-) | コメント(-) |
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