碧落の砂時計 青竹迷風―第9話 約束(前編)―

碧落の砂時計

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 二人きりの部屋であさぎに縋りつかれた清矢郎は、ぐっと押し黙ると彼女の艶やかな黒髪の後頭部を凝視する。そしてその華奢な背中をそっと撫でた。
 小学生の時から自分に性の対象と見られ、恋人となり自分の剛直を受け入れ、それらをずっと耐えてきた小さな背中を。

 ――本能と快楽。何の理屈も生じない簡単な理由で、頭で考えるのではなく雌と接合することを望むのは雄の性(さが)。
 その後付けで相手や周囲への配慮や思いやり、人権意識、理性、自分自身の人生設計などを考えられるかが、人間と動物の違いである。
 そして爆発する身体の欲求を、性欲以外の活動――それこそスポーツなどで発散させることもして、どうにか抑えている。

 しかし、彼は眼の前の金魚に陥落した。
 赤く儚く、汚れのない可愛らしいその存在に、竹の切っ先を突きつけた。傷つけた。その幼い心も、大人へと成長しつつあるがまだ未熟な身体も。

 ――もっと詰ってくれればよかったのに。

 いっそ全てを周囲に告げて己の罪を暴き、罵られ、制裁を与えられ、物理的に彼と彼女を引き離されれば、この獣を抑えつけられるかもしれないのに。
 彼女の傍に居たいが為に、自分でその罪を隠蔽してきたくせに少年は自棄くそのようにそう思う。

 ――彼は、自分に負けた。彼女はそんな彼を赦した。
 四年前から、赦していた。
 おそらく、あまりの裏切りにショックを受けて、赦さざるを得なかったのだ。彼に性欲を抱き、恋情を抱くことでしか、あの苦しみと悲しみから逃れる術が少女には無かったのだろう。

 小さな頃から好きだったのかも、とあさぎは笑うが、そんな幼い感情の答えは誰にも分からない。
 その彼女に責任を取れと言われれば、清矢郎は頷くしかない。

 逆に女性に触れるということは、その心も身体も傷つけることからしても、それだけの覚悟を持ってすべきことだったのだろう。
 しかしそれだけ己を律して女性に手を出す男などまず居ることはなく、特に童貞とあれば尚更欲望が勝つ。実際、清矢郎とて最終的にはそれに流されてしまったのだから。
 彼でさえも後からこのように気付き、悩み、覚悟を決めているところもあるのだ。

 無論、最初にあさぎと繋がる時に、万が一彼女を孕ませてしまった時のことは考えた。避妊をした結果、彼女の身体に何も起こってはいないが、堕胎と出産どちらの道を選んでも、一生賭けて己の罪を償い、あさぎを守り抜く覚悟を決めた。
 しかしそれから更に冷静に考え現実が見えてくると、「覚悟」や「責任」の意味もより深く感じられるようになる。

 近親間で結ばれてしまうということ。
 従兄妹同士ではあるが近親婚の場合、遺伝子が似ている為、生まれてくる子供が何らかの問題を持っている可能性が、全くの他人同士よりは高くなると聞いたことがある。勿論、問題なく産まれる確率の方がずっと高いから、法律的にも結婚が認められているのだろうが。
 それに最終的に結ばれることがなく、将来あさぎに好きな男でも出来たとすれば、近親者と性的関係を持っていたことが彼女の心に暗い影を落とすのではないか。
 自分がもしもふられてしまえば、親戚の集まりで顔を合わすことも気まずく、更には過去の関係を知られれば親戚中の関係が悪くなってしまうことだろう。

 考えすぎかもしれないが、この関係には様々な困難があるかもしれない。それは清矢郎も分かっていた。分かっていて彼女に手を出した。
 そして二人で深みに嵌ろうとしている。

 自分の狂気のような、牙のような欲望と、反対に将来を冷静に見据えての不安、そして彼女をこれ以上傷つけたくないという想いから――。
 清矢郎は意を決して顔を上げると、あさぎの身体を起こし、その細い肩を握って彼女を覗き込んだ。

「『責任』って……何度も言うけどな、あさぎこそ本当にそれでいいのかよ」

 それは一番初めに彼女を抱いた時に、既に尋ねたことであった。しかしこれ以上、関係が続き深みに入る前に、と清矢郎は彼女を睨みつけながら厳しく問い掛ける。
 あさぎはまだあどけなさの残る顔で、彼をぽかんと見上げていた。

「俺じゃなきゃ嫌だって、本気なのか!? 俺なんかが本当に、『責任』とっていいのかよ。一生、付き合うことになるんだぞ。――後から他に別の奴のこと好きになったり、付き合いてえってなった時に、従兄とこんな関係になってたってことに、あさぎが傷つくんだぞ!」

 彼は言いながら、あの夏の日、彼女を最初に巻き込んだ己に、改めて吐きそうになった。
 ――こんな恐れを抱くならば、欲に負けなければよかったのに。


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